ワイン好きであれば知らない人はいないであろうワイン醸造家、アンリ・ジャイエ
「ブルゴーニュの神様」「21世紀最高の醸造家」と言われ、唯一無二と言える味わいのワインを生み出し、世界中の愛好家を虜にしてきました。

2006年に亡くなられて以降、アンリ・ジャイエのワインの価格は高騰を続けています。
2018年にスイスで行われたワインオークションでは、出品された合計1,064本のワインが、総額3,000万ユーロ(約40億円)という天文学的な数字で落札されました。

なぜこれほどまでに、アンリ・ジャイエのワインは人々を熱狂させるのか?
この記事では、価格高騰の理由に始まり、アンリ・ジャイエの功績やワインの特徴、そして彼の後継者までを詳しく解説していきます。
「伝説」と呼ばれるひとりのワイン醸造家について、深く掘り下げていきましょう。

この記事は、ソムリエが執筆・監修を行っています。(最終更新日:2021/12/00)

なぜこれほどまでに高価なのか?

現在日本国内におけるアンリ・ジャイエのワインの価格は、高いもので1本(750ml)あたり500万~700万円弱。
なぜこれだけ高いのか?
それは、彼のワインが持つ圧倒的な品質と希少性のためです。

後ほど詳しくご説明いたしましますが、ブルゴーニュのワイン造りに革命をもたらしたとも言われるアンリ・ジャイエのワインは、比類のない気品に溢れたものでした。
ピノ・ノワールの魅力を最大限に引き出し、ブルゴーニュのテロワールを忠実に表現しているとされ、多くのワイン愛好家たちを魅了し続けてきたのです。

ワインも投機の対象に


画像出典:※Instagram @winefields.auctioneers ​​​さんより

加えて、もともと生産量も少ない上に、リリースされるワインのほとんどが、特定の顧客へ流れてしまうので、広くワイン市場に出回ることがありませんでした。
2001年に引退後、徐々に価格は上昇、そして2006年に亡くなった後、アンリ・ジャイエのワインの価格は、あっという間に跳ね上がることに。

現在は、多くのワインオークションが行われるようになったこともあり、希少ワインに対する「投機」の意味合いがより顕著になってきました。
こうした背景も重なり、アンリ・ジャイエのワインの価格上昇に拍車をかけているのです。

また、高額で取引されるレアなワインには、偽物が出回る傾向が強く、その「出自(プロヴェナンス)」が非常に重要になってきます。
上記のオークションで落札されたワインは、アンリ・ジャイエ個人が所有していたもので、彼の2人の娘が出品したもの。
当初の予想落札価格は最大でも1,120万ユーロ(約15億円)程度とみられていましたが、これだけまとまった数で、確実本物のアンリ・ジャイエのワインが手に入る最後のチャンスという見立てから、予想をはるかに上回る落札結果となったのです。

アンリ・ジャイエの軌跡

これほどまでに有名となったアンリ・ジャイエの足跡を、生い立ちや、彼を有名にした畑「クロ・パラントゥ」、そして後進の指導までを見ていきましょう。

アンリ・ジャイエが注目を集め始めるまで


画像出典:※Instagram @albert_youji ​​​さんより

ブルゴーニュ、ヴォーヌ・ロマネのブドウ栽培農家に生まれたアンリ・ジャイエ。
1940年代にディジョン大学でワイン醸造学を修めたのち、両親からエシェゾーとボーモンの畑を受け継ぎつつ、ブルゴーニュの名門であるメオ・カミュゼが所有するグラン・クリュ(特級畑)のリシュブールの一部を借りてブドウ栽培を始めました。

当時生産者は、ネゴシアン(ワイン仲買商)にブドウやワインを売るのが慣習となっていて、アンリ・ジャイエも例外ではありませんでした。
しかしながら、1973年のオイルショックによる不況で、ネゴシアンたちはワインを買う体力を失い、アンリ・ジャイエも含め、生産者の中には自ら瓶詰めを始めるものも。

このことがきっかけとなり、ネゴシアンの顧客以外にも、アンリ・ジャイエのワインは広く知られるようになり、その素晴らしさから急速に知名度を上げていきました。

情熱を注いだ畑「クロ・パラントゥ」

アンリ・ジャイエのラインナップの中でもフラッグシップと言えるワインを生み出す、1ヘクタールほどの非常に小さな畑、、「クロ・パラントゥ」
グラン・クリュ(特級畑)であるリシュブールの北部に面した北東向きの斜面の1級畑です。

上記のメオ・カミュゼをはじめ4人の生産者が所有していましたが、注目を集めるような畑とは認識されていませんでした。
フィロキセラや第二次大戦のため荒廃していた畑でしたが、クロ・パラントゥに卓越したポテンシャルを見出したアンリ・ジャイエは、1950年から徐々に畑を譲り受けながら区画を拡大。
1970年、アンリ・ジャイエが0.7ヘクタール、残りの約0.3ヘクタールをメオ・カミュゼが所有することになりました。

このクロ・パラントゥに関しては、1978年までこの名でリリースされずに、村名ワインにブレンドされていたというから、現在の評価と価格の高さからすると驚きです。
その後クロ・パラントゥは、そのあまりの品質の高さが激賞され、アンリ・ジャイエの名は世界に知られることになりました。

現在は、畑の標高のもっとも高い区画をメオ・カミュゼが、リシュブールに隣接する区画をアンリ・ジャイエから引き継いだ、甥のエマニュエル・ルジェが所有します。

後進の指導に尽力

アンリ・ジャイエは、若手の生産者を育てることにも注力していました。
1988年に一線を退き、甥のエマニュエル・ルジェにドメーヌを引き継ぎましたが、90年代半ばまでワイン造りを手伝っていました。
加えて、彼に教えを乞う若き醸造家たちを快く受け入れ、知識や技術を惜しみなく教えたのです。
そして、アンリ・ジャイエの弟子としてフィリップ・シャルロパン・パリゾフーリエペロ・ミノといった現在のブルゴーニュを代表する生産者たちが活躍しています。

ブドウ栽培とワイン醸造に革新をもたらしたアンリ・ジャイエ

第二次大戦後、ブルゴーニュのワイン造りにも、農薬や化学肥料といった近代的なアプローチが多く見られるようになりました。
収量の増大と農作業の軽減という恩恵がある一方、品質の低下と味わいの画一化を招くことに。

しかし、アンリ・ジャイエの考えはこうした流調に一石を投じるものでした。
化学物質を排した徹底した畑とブドウの管理と、低温浸漬(コールドマセレーション)と呼ばれる、ワイン醸造における画期的な手法を用いて、当時の流調に逆行するスタイルを貫き、名声を確立することになります。

自然への回帰

アンリ・ジャイエは、できる限り自然な状態でブドウを育てることが重要と考え、リュット・レゾネと呼ばれる、農薬や化学肥料を最低限まで減らす農法を採用しました。
化学物質を使用すると、どうしても土壌のバランスが崩れてしまい、本来畑の持つテロワールが失われてしまうからです。

醸造糧に入っても、自然な状態をキープするするため、アルコール発酵の際にも、ブドウに付着している自然酵母のみに頼り、瓶詰めの際のろ過さえも嫌いました。

その結果、ピノ・ノワールが持つ本来の味わいを引き出し、ワインを通してブルゴーニュのテロワールを表現することができたのです。

ブドウひと粒にまでこだわる

アンリ・ジャイエは、自身の理想とするブドウに近づけるため、徹底した剪定を行いました。
これは、ブドウ樹1本あたりの房数をまで厳しく制限(5~8房まで)し、ひとつの房に栄養を集中させるためです。

加えて収穫は手摘みで行い、粒単位でチェックを行っていました。
未成熟だったり、腐敗したブドウは、当然ながらできるワインに悪影響を与えるので、場合によっては収穫量全体の20%を捨てることもあったそうです。

また、ブドウに傷がつかないよう、運搬用の籠に入れる際も詰めすぎることなく、細心の注意を払って行われました。
そしてワインに余分なタンニンが溶け出さないよう、果梗は100%除去する徹底ぶり。

こうして手間暇を惜しまず栽培、収穫されたブドウから、比類なきエレガンスをたたえたワインが生み出されたのです。

革新的なコールドマレーション(低温浸漬)

アンリ・ジャイエのワイン造りで外すことのできない要素が、コールドマセレーション(低温浸漬=ていおんしんし)です。
これは、アルコール発酵前にブドウを低温で醸し、果汁と果皮を通常よりも長く接触させ、十分な果実味や香り、色素を引き出す手法。

従来の温度のコントロールを行わないやり方の場合は、アルコール発酵と共に自然に温度が上昇。
果実味や色素はたっぷりと抽出でき、力強いワインができるメリットがある反面、ピノ・ノワールの特徴であるエレガントな香りは失われ、渋みが目立つことに。

このコールドマセレーション(低温浸漬)は、当時の生産者たちにとっては革新的な手法で、従来のものとは一線を画す香りと味わいを生み出すことに成功しました。
まさにアンリ・ジャイエが、現在のブルゴーニュ・ワインの礎を築いたといっても過言ではありません。

所有畑

【グラン・クリュ(特級畑)】
Richebourg Grand Cru
リシュブール グラン・クリュ

果実味、タンニンともにしっかりと感じられ、スパイスがかった複雑な香りが特徴。
非常に魅惑的なスタイルで、うっとりとするような舌触りが魅力です。

Echezeaux Grand Cru
エシェゾー グラン・クリュ

もともとは、エシェゾー・デュ・ドシュという区画(リュー・ディ)のみでしたが、1937年のAOC制定に際し、周辺の10の区画が統合され現在に至ります。
なので、様々な向きの斜面、標高、傾斜、土壌から成り、生産者と区画によって個性が大きく異なるのが特徴です。

【プルミエ・クリュ(1級畑)】
Vosne Romanee 1er Cru Clos Parantoux
ヴォーヌ・ロマネ プルミエ・クリュ クロ・パラントゥ

アンリ・ジャイエはの名を一躍有名にした畑。
リシュブールに比肩するポテンシャルを持ち、美しい果実味を酸味とともに長い余韻が魅力。

Vosne Romanee 1er Cru Les Brulee
ヴォーヌ・ロマネ プルミエ・クリュ レ・ブリュレ

リシュブールに隣接する優良畑。
良く熟したブドウから濃厚で豊潤なワインが生まれます。

Vosne Romanee 1er Cru Beaumonts
ヴォーヌ・ロマネ プルミエ・クリュ ボーモン

「美しい山」を意味し、ヴォーヌ・ロマネ村とフラジェ・エシェゾー村にまたがる畑。
華やかで滑らかな味わいが魅力。

Nuits Saint Georges 1er Cru Aux Murgers
ニュイ・サン・ジョルジュ プルミエ・クリュ オー・ミュルジェ

ニュイ・サン・ジョルジュらしい男性的な力強いワインが生まれる畑。
非常に硬質なミネラル感と野性味あるれる香りが特徴。

【ヴィラージュ】
Vosne Romanee
ヴォーヌ・ロマネ

Nuits Saint Georges
ニュイ・サン・ジョルジュ

アンリ・ジャイエのワインたち

アンリ・ジャイエを代表するワイン、リシュブール、エシェゾー、そしてクロ・パラントゥをご紹介いたします。

これだけ有名で高価なワインですので、心無い業者による「偽物(フェイク)」が、少なからず流通してしまっているのが現状。
ですので、購入に際しては、ソムリエやワインショップなど信頼できる専門家の確認が必須と言えます。

こちらのワインショップで取り扱っているワインは、2009年にアンリ・ジャイエの遺産整理の際、お店が彼の親族から購入したものですので、出自(プロヴェナンス)もはっきりしています。

Richebourg Grand Cru 1985
リシュブール グラン・クリュ 1985

生産地:ブルゴーニュ / ヴォーヌ・ロマネ
品種:ピノ・ノワール 100%

¥6,380,000 (税込)/750ml 
Echezeaux Grand Cru 1989
エシェゾー グラン・クリュ 1989

生産地:ブルゴーニュ / ヴォーヌ・ロマネ
品種:ピノ・ノワール 100%

¥5,390,000 (税込)/750ml 
Vosne Romanee 1er Cru Clos Parantoux 1982
ヴォーヌ・ロマネ
プルミエ・クリュ クロ・パラントゥ 1982

生産地:ブルゴーニュ / ヴォーヌ・ロマネ
品種:ピノ・ノワール 100%

¥5,830,000 (税込)/750ml 
この生産者の他のラインナップはこちらから

アンリ・ジャイエの後継者
エマニュエル・ルジェ

アンリ・ジャイエは後進の指導にも注力しており、甥にあたるエマニュエル・ルジェは1979年から、彼のもとでワイン造りを直接学びました。
1985年には、自身のファーストヴィンテージとなるワインをリリースし、アンリ・ジャイエが正式に引退する2001年までに、畑を徐々に引き継いでいきました。

アンリジャイエのもとで修業した生産者は他にもいますが、エマニュエル・ルジェはもっとも長く時間を共にし、彼のワイン造りの哲学を受け継ぐ「真の後継者」と言えます。

エマニュエル・ルジェのフラッグシップ

Echezeaux Grand Cru 2018
エシェゾー グラン・クリュ 2018

生産地:ブルゴーニュ / ヴォーヌ・ロマネ
品種:ピノ・ノワール 100%

¥159,000 (税込)/750ml 
Vosne Romanee 1er Cru Clos Parantoux 2017
ヴォーヌ・ロマネ
プルミエ・クリュ クロ・パラントゥ 2017

生産地:ブルゴーニュ / ヴォーヌ・ロマネ
品種:ピノ・ノワール 100%

¥379,000 (税込)/750ml 
この生産者の他のラインナップはこちらから

エマニュエル・ルジェにまず触れてみるなら

Bourgogne Passetoutgrain 2018
ブルゴーニュ パストゥグラン 2018

生産地:ブルゴーニュ / ヴォーヌ・ロマネ
品種:ピノ・ノワール / ガメイ

¥6,578 (税込)/750ml 
Bourgogne Haute Cote de Beaune Blanc 2018
ブルゴーニュ オート・コート・ド・ボーヌ ブラン 2018

生産地:ブルゴーニュ / ヴォーヌ・ロマネ
品種:シャルドネ40% / ピノ・ブラン40% / アリゴテ20%

¥7,300 (税込)/750ml 

伝説となったアンリ・ジャイエ

「ブルゴーニュの神様」と呼ばれたアンリ・ジャイエについて、彼の生い立ちや造ったワイン、後継者までをみてまいりました。
ワイン愛好家であれば、一度は飲んでみたいと思う彼のワインですが、常識では考えられない価格となっています。
実際にワインを飲んで、彼の哲学に触れることは非常に難しいのが現状でしょう。

しかし、アンリ・ジャイエの遺伝子は、弟子たちのワインにしっかりと受け継がれていますので、少しでも片鱗に触れてみたい方は、ぜひ彼らのワインを味わってみてください。